なぜ制服がアロハなの?

アロハシャツの起源は、19世紀の終わりから20世紀初頭にかけて、多くの日本人がハワイに移住しました。彼らのほとんどは、まだ貧しかった日本での暮らしから、新天地での夢を抱いて海を渡り、主にサトウキビ畑の労働者として働きました。
  当時、農園で働く労働者たちが着ていた作業着が「パラカ」と呼ばれる開襟シャツ。パラカは、もともとヨーロッパの船員たちが着ていた上着といわれていますが、青いチェック柄の木綿地で作られたそのシャツは、日本人にとってなじみの深い「着物」に風合いがよく似ており、そのため、多くの日本人移住者もこのシャツを愛用していました。
当時、日本人の持参品であった着物を再利用の際に、パラカに仕立てたものが現在のアロハシャツの原型になったといわれています。

多くの自動車教習所は、Yシャツにネクタイというスタイルで教習を行っています。
どうして武蔵境の夏の制服はアロハシャツなのでしょうか?

以前教習所のイメージは「先生」と「生徒」という関係であり、インストラクター側の立場が強い印象がありました。
ですので、教習所は「怖い」とか「すぐ怒られそう」というイメージをお持ちの方が多いのかと思います。

先代の社長が「教習所は教育業ではなく、サービス業なんだ」と今までにない方針を打ち出したのが平成元年のことです。
その時から、武蔵境自動車教習所は「生徒」ではなく「お客様」としてお迎えしようという姿勢に変わりました。

お客様から話を聞くと「どうしても緊張してしまう」という声が非常に多かったんですよね。
その緊張を少しでもほぐすことはできないか?ということで、制服を「Yシャツとネクタイ」からピンクのポロシャツに変更をしました。

当時はポロシャツで教習を行う他の教習所はなかったのではないでしょうか。
しかし、その効果はすぐに出て、お客様の緊張もほぐれ、より良い教習が出来るようになってきたのです。
また、制服が変わったことによって、雰囲気も明るくなりました。

そして、ピンクのポロシャツから更に良いものを探し求めた結果「アロハシャツ」になったわけです。

武蔵境自動車教習所では、お客様がより快適に楽しく通えるよう、様々な工夫をしていますが、そのひとつが「制服のアロハシャツ」なのです。

このことも、「お客様のために何ができるのか?」という考えのもと、変わってきた武蔵境のスタイルなんです。

なぜ制服がアロハなのか

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